MetaのPrincipal EngineerからAnthropicのMember of Technical Staff(MTS)へ。現在、エンジニア界隈を席巻しているClaude Codeのリード開発者、Boris Chernyが語ったキャリアの軌跡とプロダクト哲学は、AI時代のエンジニアリングに対する我々の解像度を一段階引き上げてくれる。
彼がいかにしてMetaで頭角を現し、なぜ今Anthropicで「AIというエイリアンの知性」を飼い慣らそうとしているのか。その核心に迫る。
「Latent Demand(潜在的需要)」を見極める眼
Boris ChernyがMeta(旧Facebook)でのキャリアを通じて学んだ最も重要な原則は、Latent Demandであるという。
「プロダクトにおいて、人は自分がまだやっていないことを無理にさせられるのを嫌う。しかし、すでにやっていることをより簡単にできるようにすれば、それは爆発的に普及する」と彼は語る。
その最たる例がFacebook Marketplaceだ。もともとFacebookのグループ機能は売買のために設計されていなかったが、ユーザーは勝手にその機能を「ハック」して中古品の取引を始めていた。データが示すその「予兆」をプロダクト化したのがMarketplaceである。
この考え方は、彼がリードしたChats in Groupsや、後のClaude Codeの設計思想にも色濃く反映されている。ユーザーが不便を感じながらも自発的に行っている「ハック」の中にこそ、真のプロダクトチャンスが眠っているのだ。
「副作用」としてのキャリア成長とSide Quests
Boris Chernyのキャリアを語る上で欠かせないのが、数々のSide Quests(サイドプロジェクト)だ。彼はMeta在籍中、業務の傍らでReactの状態管理ライブラリであるUnduxを開発し、TypeScriptの技術書を執筆し、サンフランシスコ最大のTypeScriptミートアップを主催した。
特筆すべきは、彼が関数型プログラミング(HaskellやScala)に傾倒したきっかけだ。バイク事故で両腕を骨折し、タイピング数を減らさざるを得なかったという壮絶な経験から、「少ないキー入力で論理を記述できる」言語の美しさに目覚めたという。
「コードそのものよりも、型シグネチャ(Type Signatures)を正しく設計することの方が重要だ。型で思考すれば、コードは自ずとクリーンになる」
彼にとって、昇進(Promotion)は目的ではなく、こうした探究心と現場の課題解決(DevInfraの改善など)を繰り返した結果の「遅行指標」に過ぎなかった。
Metaでの「Staff+」への道:12人の仕事を5人で終わらせる方法
MetaでIC7(Senior Staff)やIC8(Principal)へと昇進していく過程で、彼は大規模なエンジニアリング組織の動かし方を学んだ。
特に興味深いのが、Comet(facebook.comのJavaScriptによる全面刷新)における、シニアエンジニアたちを巻き込んだ「設計コンペティション」のエピソードだ。 複雑すぎるデータモデルの統合という難題に対し、彼はトップダウンで決定するのではなく、TLたちを2チームに分け、ホワイトボードの前で3時間の設計バトルを行わせた。
結果、両チームの設計は80%が一致し、残りの20%にリスクが集中していることが明確になった。合意形成(Consensus)と実行(Action)のバランスを、遊び心を持って解決した好例と言えるだろう。
Anthropicでの挑戦:Claude Codeが変える「開発の景色」
現在、Boris ChernyはAnthropicでClaude Codeの開発をリードしている。 彼がBen Mann(Anthropic共同創業者)から受けたアドバイスは強烈だ。
「今日のモデルに合わせて作るな。6ヶ月後のモデルに合わせて作れ」
AIの進化速度は指数関数的だ。今日、人間が12人で2年かかるプロジェクト(Metaでの経験)も、現在なら5人で6ヶ月、そして半年後には1人のエンジニアがClaude Codeを指揮するだけで完結するかもしれない。
実際、Anthropic内部ではエンジニアの数が3倍に増えたにもかかわらず、Claude Codeの導入によって一人当たりの生産性(PR数)が約70%も向上したという。
「エンジニアリング」は「オーケストレーション」へ
Boris Chernyの視る未来において、エンジニアの役割は「コードを書く人」から「知性をオーケストレートする人」へと変貌している。
- Vibe Coding(バイブ・コーディング): プロトタイプや使い捨てのコードは、AIの出力に身を任せる。
- Pairing(ペアリング): 重要なロジックは、AIと「Plan Mode」で対話し、設計思想を共有しながら構築する。
- Automation of Toil: 毎日繰り返される stylistic な指摘は、Linterを自作して自動化する。
彼はいまだに週末もコードを書く。それは義務ではなく、AIという「エイリアンの知性」と対話するエモーショナルな体験が、彼を突き動かしているからだ。
「コモンセンス(常識)を信じろ。大企業の中では、時にこの常識が最も失われやすい」
彼のこの言葉は、ツールがAIへと進化したとしても、最終的に「何を、なぜ作るのか」を判断するのは、人間の洞察力と情熱であることを再認識させてくれる。