Anthropic初期投資家Deedy Dasが語る、知能の爆発とエンジニアの危機

史上最速で成長するAnthropicの舞台裏から、GoodfireやOpenRouterなどの次世代インフラへの投資哲学、そして「Vibe Coding」が変質させるエンジニアリングの未来まで、Deedy Dasの鋭い洞察を詳説する
LLM
AI
Latent Space Podcast
Author

Junichiro Iwasawa

Published

December 23, 2025

Menlo Ventures の Partner である Deedy Das が、スタートアップ・コミュニティで今もっとも熱い視線を浴びている一人であることは疑いようがない。Glean の創設期メンバーとしてエンタープライズ検索の泥臭い「ラストマイル」を戦い抜き、現在は Anthropic の初期投資家、そして 1 億ドル規模の Anthology Fund の運営者として AI 業界の最前線に立つ彼の言葉には、単なる投資家の予測を超えた、現場の実感と執念が宿っている。

今回の Latent Space でのインタビューで Deedy Das が語った内容は、Anthropic という「史上最速で成長するソフトウェア企業」の内幕から、AI 時代におけるエンジニアリングの変質、そして Goodfire や OpenRouter といった次世代のインフラ投資に至るまで、極めて示唆に富んでいる。

Glean が証明した「退屈な領域」という深い堀

Deedy Das のキャリアを語る上で欠かせないのが Glean での経験だ。彼が 2019 年に Glean に参画した当時、Bay Area のパーティーで「エンタープライズ検索をやっている」と言えば、一瞬で会話が途切れるほど、それは「退屈でセクシーではない」領域と見なされていた。しかし、2022 年の ChatGPT モメントを経て、その評価は一変する。

Glean の強みは、AI が流行る前から積み上げてきた「誰もやりたがらない泥臭い仕事」にある。数千もの SaaS とのインテグレーション、複雑怪奇な権限管理、そしてユーザーフィードバックが極端に少ないエンタープライズ環境でのランキング最適化。これらは LLM を上に乗せるだけで解決するような単純な問題ではない。Deedy Das は、多くの VCs がこの問題を「LLM を乗せた検索」と一言で片付けようとすることを危惧している。彼によれば、Glean の真の Moat は、他社が近道をしようとする中で、愚直にラストマイルの課題を解き続けた点にある。

Anthropic や OpenAI が独自のエンタープライズ検索機能を発表しても、彼は Glean の優位性を確信している。なぜなら、モデルレイヤーの巨人が、個別の企業の Google Drive のコネクタを細かく調整し、一社一社の特殊なクエリに対応するために膨大なリソースを割くことは、ビジネス構造的に効率が悪いからだ。Anthropic のエンジニアはモデルを磨くために参加したのであり、泥臭いインテグレーションを組むために集まったわけではない。この「実行の熱量の差」こそが、エンタープライズ領域における勝敗を分ける。

Anthropic:理想主義的知能の爆発

Anthropic の成長スピードは驚異的だ。Deedy Das によれば、同社は 1 年で売上 0 から 1 億ドルへ、そして次の 1 年で 1 億ドルから 10 億ドルへと成長した。これはソフトウェア産業の歴史においても前例のないペースである。当初、Anthropic は「理想主義的な研究者集団」と見なされており、最悪の場合はビジネスとして成立せずに霧散するリスクさえあった。しかし、その高い理想と自由な文化こそが、他社には真似できないプロダクト、例えば Claude Code のような革新を生んだのだ。

Deedy Das は、Anthropic の組織文化が持つ「高いリテンション(定着率)」に注目している。AI 業界が激しい引き抜き合戦に明け暮れる中、Anthropic の 1 年以内の定着率は 80% を超えているという。トップダウンで目標を押し付けるのではなく、優秀な人材に自由を与え、トークンを自由に使い、自らの好奇心に従って研究を深めさせる。このアプローチが、結果として最も実用的なコーディング機能やエージェント機能を生み出している。

また、Anthropic の新 CTO に就任した Rahul Patel の物語は、AI 業界における新たな能力主義を象徴している。彼はインドの最高峰である IIT(インド工科大学)の出身ではないが、自らの情熱と努力で Anthropic の技術の要にまで登り詰めた。これは、初期の学歴や機会に恵まれなかったとしても、正しい環境で執念を持って取り組めば世界を塗り替えられるという、この分野のオープンでフェアな側面を体現している。

Anthology Fund が描く AI インフラの未来図

Anthropic と Menlo Ventures が共同で設立した Anthology Fund は、単なるコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)ではない。彼らは「Claude を使っているかどうか」という狭い基準ではなく、AI エコシステム全体にとって戦略的に重要な企業へ投資を行っている。

その中でも特筆すべきは、Goodfire への投資だろう。彼らが取り組む Mechanistic Interpretability(メカニスティックな解釈性)は、いわば LLM の「脳外科手術」だ。現在のモデルはブラックボックスであり、なぜその回答が出たのかを正確に説明することはできない。しかし、今後 AI が融資の審査や法的判断といった社会の基盤を担うようになれば、この「説明不可能性」は致命的な欠陥となる。Goodfire は、モデルの重み(Weights)を解析し、モデルが嘘をついているのか、あるいは卑屈になっているのかを特定しようとしている。これは、単なる研究を超えた、AI の社会実装に不可欠な信頼のインフラだ。

また、Alex Atallah(OpenC の共同創業者)が手掛ける OpenRouter への投資も、Deedy Das にとって極めて重要な意味を持つ。OpenRouter は、エンジニアが求める「PLG(Product Led Growth)」の究極の形だ。営業担当者と話す必要もなく、シンプルなインターフェースで世界中のあらゆるモデルにアクセスできる。この「開発者の心理を完璧に理解したプロダクト設計」こそが、OpenRouter を短期間で不動の地位に押し上げた。Deedy Das は、どんな SAS 市場であっても PLG が存在するならば PLG が勝つと信じている。

変化するエンジニアの「クラフトマンシップ」

最後に、Deedy Das は AI がもたらす「エンジニアの精神的変化」について警告を発している。彼が懸念しているのは、いわゆる「Vibe Coding」の台頭だ。Cursor や Claude Code を使い、コードを一行も理解せずに「動作するから良し」とする姿勢は、長期的にはエンジニアの脳を退化させるリスクがある。

彼はこれを「脳にとっての煙草(Cigarettes for the brain)」というメタファーで表現している。かつてエンジニアが壁に突き当たり、頭を抱えて悩み抜いた末に解決策を見出したときに得られた「思考の筋肉」が、AI というスロットマシンを叩き続けるだけで答えが得られる環境では鍛えられない。特にこれから業界に入る若手の学生たちが、自ら考えるプロセスを飛ばして AI に全てを委ねることになれば、複雑なシステムを根底から理解し、新しいものを創造する力は失われてしまうかもしれない。

しかし、その一方で彼は AI を強力な「Heads-up Display」として活用する未来にも期待を寄せている。人間がアクションの主体であり続け、AI は理解を助け、コンテキストを補完する。この「Fast Agent」としての AI と人間の Mind Meld(精神融合)こそが、プロフェッショナルが目指すべき姿だ。

Deedy Das の視線は、目の前の収益チャートではなく、その背後にある「技術の難易度」と「人間の動機」に向けられている。Moat(堀)とは、最も難しいことをやり遂げた者だけが得られる特権であり、AI 時代においてもその本質は変わらない。

Anthology Fund が支援する Goodfire や Prime Intellect といった企業が、次にどのような地平を切り拓くのか。私たちは、AI がもたらす空前の加速感に酔いしれるだけでなく、その技術が人間の「考える力」をどう変えていくのかを、彼らと共に注視し続ける必要があるだろう。