Dylan Patelが斬るAI業界の舞台裏:Metaの焦り、Appleの蹉跌、そして超知性の勝者

半導体アナリストDylan Patel氏のインタビューをもとに、Metaの焦りやAppleの蹉跌、そしてsuperintelligence開発競争の生々しい舞台裏をみていく
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Author

Junichiro Iwasawa

Published

July 12, 2025

半導体アナリストの権威、SemiAnalysisの創業者Dylan Patel。彼の発言一つで業界が動くと言われる重要人物が、AI業界の今を赤裸々に語ったインタビューが7/1に公開された。

GPT-4.5の失敗、Metaのなりふり構わぬ人材獲得、Appleの絶望的な状況、そして超知性(Super Intelligence)開発競争の行方。その内容は、普段我々が目にしない大手テック企業の内部事情や戦略的判断の生々しい実態を浮き彫りにしている。本稿では、この刺激的なインタビューを紐解き、AI業界の最前線で何が起きているのかを分析する。

Metaの渇望と迷走:なぜ彼らは勝てないのか

まずPatel氏が指摘したのは、Metaの現状だ。鳴り物入りで登場したLlamaシリーズだが、その評価は「悪くはないが、世界を変えるほどではない」というものだった。なぜ豊富な人材と計算資源を持つMetaが、OpenAIやAnthropicに後れを取っているのか。

Patel氏の分析は明快だ。問題は組織にある。Metaには優秀な研究者が多数在籍するものの、彼らの研究を評価し、どの技術的ルートを進むべきかを選択する「テイスト」を持った技術的リーダーが不在だという。素晴らしいアイデアもあれば、間違ったアイデアも生まれるのが研究の常。しかし、その取捨選択を誤り、一度「間違ったアイデア」の枝に進んでしまうと、そこから引き返すのは難しい。結果として、優秀な研究者たちが実りのない研究に時間を浪費してしまう構造的な問題がある、とPatel氏は喝破する。

この状況を打開すべく、Zuckerbergはなりふり構わぬ行動に出ている。数十億ドルとも言われる巨額でScale AIを買収したのは、同社のデータや技術ではなく、創業者であるAlex Wang氏とそのチームを獲得するためだった。さらに、Daniel Gross氏やNat Friedman氏といった著名な起業家や投資家の獲得にも動いた。

Patel氏によれば、これはZuckerbergの大きな戦略転換を意味する。数ヶ月前までAGI(汎用人工知能)の短期的な実現に懐疑的だった彼が、「超知性こそが全てだ。これを逃せば負け犬になる」という思考に完全にシフトしたのだ。彼らが求めているのは、金銭以上に「巨大企業のAI戦略を動かすパワー」であり、Metaはその渇望を満たすための最後の賭けに出ている。

GPT-4.5 “Orion” はなぜ失敗したのか

次に、Patel氏が明かしたOpenAIの内部事情は非常に興味深い。当初GPT-5として期待されていたモデル、コードネーム「Orion」(後のGPT-4.5)は、なぜ期待外れに終わったのか。

Patel氏によると、Orionは「賢いが、役に立たず、遅すぎる」モデルだった。その根本的な原因は「overparameterization(過剰パラメータ化)」にある。つまり、モデルの規模に対して学習データが不足していたため、物事を一般化して「理解」するのではなく、データを「記憶」することに走ってしまったのだ。学習初期にはベンチマークで驚異的なスコアを叩き出し、OpenAI内部を熱狂させたが、それは単なる暗記によるもので、その後性能の伸びは鈍化したという。

さらに、学習プロセスでは数ヶ月にわたるバグや、巨大すぎるが故のインフラの不安定性など、数々の困難に見舞われた。

そして決定打となったのが、Orionの開発中に、別のチームが「reasoning(推論)」に関する画期的なブレークスルー(通称 “strawberry”)を発見したことだ。はるかに低コストで、より効率的にモデルの質を向上させるこの新技術の登場により、莫大なリソースを投じていたOrionプロジェクトは、ある意味で時代遅れの産物となってしまったのである。この一件は、AI開発の最前線が、パラメータの暴力的なスケール競争から、より質の高いデータをいかに生成・活用するかという新たなフェーズに移行したことを象徴している。

Appleの絶望的なAI戦略

Patel氏は、AppleのAI戦略に対して極めて手厳しい。一言で言えば「完全に乗り遅れている」。その理由は複合的だ。

  1. 保守的な企業文化: Appleは秘密主義で、研究成果の公開を好むトップクラスのAI研究者にとって魅力的な職場ではない。結果として最高の人材を集められずにいる。
  2. Nvidiaへの嫌悪感: 過去の「Bumpgate」と呼ばれるGPUの欠陥問題や、特許訴訟を巡る対立から、AppleはNvidiaを極度に嫌っている。そのため、AI開発に不可欠なNvidia製ハードウェアの導入に消極的だ。
  3. オンデバイスAIへの固執: Appleはプライバシーやセキュリティを大義名分にオンデバイスAIを推進しているが、Patel氏はこれをバッサリ切り捨てる。ユーザーにとって最も価値のあるAI機能(検索、エージェント機能など)は、どうせクラウド上のデータにアクセスする必要がある。また、最先端の巨大モデルはスマホ上では動作せず、クラウドで動かした方が速くて高性能な体験を提供できる。「結局、Apple自身もクラウドが重要だと分かっているからこそ、自社製チップで巨大なデータセンターを建設している」とPatel氏は指摘する。

これらの要因が重なり、AppleはAI開発競争において絶望的な周回遅れの状況にある、というのがPatel氏の見立てだ。

Superintelligence競争の勝者は

最後に、Patel氏はAI開発競争の究極的な勝者について言及する。数々の企業が名乗りを上げる中、彼が「超知性に最初に到達するのは誰か」という問いに、ためらうことなく名前を挙げたのはOpenAIだ。

その理由はシンプルで、「これまでの主要なブレークスルーの全てにおいて、彼らが最初だったから」だ。推論技術においても彼らが先行していた。2番手には、最近は保守的な姿勢を緩めつつあるAnthropic。3番手はGoogle、xAI、そして前述の大型補強を進めるMetaによる混戦になるだろうと予測する。

Patel氏の分析は、現代のAI開発が、単なる技術力だけでなく、それを率いるリーダーの「テイスト」、組織構造、そして戦略的な人材獲得によって大きく左右される、生々しい人間ドラマであることを教えてくれる。そして、このゲームの勝者は、いつの時代も最も早くブレークスルーを起こし続けた者なのかもしれない。