HubSpotの共同創業者兼CTOであり、近年はAgent.aiの創設者としても注目を集めるDharmesh Shah。インバウンドマーケティングのパイオニアとして名を馳せた彼が今、情熱を注ぐのは人工知能(AI)、とりわけAIエージェントの世界である。単なるバズワードとしてではなく、ビジネスの根幹を変革しうる力としてAIを見据える彼の洞察は、Latent Space podcastでのインタビューからも鮮明に浮かび上がる。本稿では、Shah氏が描くAIエージェントの未来像、特に「ハイブリッドチーム」という概念、新たなビジネスモデル「WaaS/RaaS」、そして彼が手掛けるAgent.aiの野心的なビジョンについて深く掘り下げていく。
エージェントの再定義:ツールから「チームメイト」へ
Shah氏は、AIエージェントを「AIを活用し目標を達成するソフトウェア」と極めて広範に定義する。この定義は一部で「曖昧すぎる」との批判も招くが、彼の意図は既存の枠組みに囚われず、AIの可能性を最大限に捉えようとするところにあるのだろう。podcastで彼が語ったように、エージェントは自律性の度合い、ワークフローの決定性、同期/非同期性、インタラクションモード(チャット型、ワークフロー型など)によって多様な形態を取りうる。重要なのは、特定の技術実装ではなく、AIが「何かを成し遂げる」という本質なのである。
さらにShah氏は、「ツールすらも原子的なエージェントと見なせるのではないか」という、より刺激的な視点を提供する。LLMがツールを呼び出す現在の主流アプローチに対し、彼は「すべてがエージェントであり、ツール呼び出しはエージェント間の連携に過ぎない」と考えれば、よりエレガントな設計思想に至る可能性を示唆する。この「万物エージェント論」とも言える発想は、彼がAgent.aiで目指す「AIエージェントのためのプロフェッショナルネットワーク」構想と深く結びついている。
Agent.aiは、単なるAIツールのマーケットプレイスではない。Shah氏が語るように、それは「AIエージェント版LinkedIn」であり、様々な能力を持つAIエージェントが発見され、評価され、「雇用」されるプラットフォームを目指す。驚異的なスピードでユーザー数を増やし(2025年初頭の25万人から3月には110万人超へ)、1,000以上の公開エージェントを擁するに至った現状は、市場がいかに実用的なAIソリューションを渇望しているかの証左であろう。Shah氏自身が「好奇心こそが重要」と語るように、ローコード/ノーコードのビルダー機能は、専門家でなくとも独自のAIエージェントを構築できる民主化の波を後押ししている。
ハイブリッドチーム:次世代の働き方
Shah氏が提唱する最も興味深い概念の一つが「ハイブリッドチーム」である。これは、従来の「リモート vs オフィス」「正社員 vs 契約社員」といったハイブリッドモデルの次に来る、人間とAIエージェントが文字通り「チームメイト」として協働する組織形態を指す。AIが単なるツールではなく、主体性を持った協力者としてチームに加わる未来像だ。
このビジョンの核心は、AIエージェントがデータ入力や定型レポート作成といった「退屈な(mundane)」タスクを引き受け、人間は戦略立案、創造性、共感、複雑な人間関係構築といった、より高度で人間的な能力(Shah氏の言葉を借りれば「魔法(magic)」)の発揮に集中できるようになるという点にある。AIによる雇用喪失の懸念に対し、彼はあくまで人間の能力を「拡張(augmentation)」するものであり、「皆さんの仕事は安全だ」と断言する。
しかし、このハイブリッドチームの実現は、新たなマネジメントの課題も提起する。人間とAIの間でいかに信頼を構築し、タスクを効果的に委任し、円滑なコミュニケーションを確立するか。AIエージェントのパフォーマンスをどう評価し、チーム全体のダイナミクスをどう最適化していくか。これらの問いに対する答えはまだ模索段階であり、新たな組織論やリーダーシップ論が必要となることは想像に難くない。
価値提供の進化:SaaSからWaaS、そしてRaaSへ
AIアプリケーションの普及に伴い、ビジネスモデルも進化を迫られる。Shah氏は、従来のSoftware as a Service (SaaS)に加え、Work as a Service (WaaS)とResults as a Service (RaaS)という新たなモデルの重要性を指摘する。
RaaSは、ソフトウェアが提供した具体的な「結果」に対して対価を支払うモデルである。例えば、解決されたサポートチケット数に応じて課金されるケースなどが該当する。成果が明確で測定可能な場合に有効だが、シャー氏は現状、このRaaSが「過度に重視されている(over-indexed)」可能性があると警鐘を鳴らす。なぜなら、すべてのAIタスクの成果が客観的に測定可能とは限らず、また成果に対する責任が人間とAIの間で共有されるケースも多いからだ。例えば、AIが生成したデザイン案の良し悪しをどう客観的に評価し、誰に最終的な責任を帰属させるのか、といった問題である。
そこでShah氏が中間的なモデルとして提唱するのがWaaSである。これは、AIが実行した「作業」そのものに対して対価を支払うモデルだ。最終的な成果が主観的であったり、測定困難であったりする場合でも、AIが行ったプロセスや費やしたリソースに基づいて価値を評価する。これは、人間の労働がしばしば時間や労力で評価される現状とも整合性が高い。
Shah氏は、SaaS、WaaS、RaaSの3つのモデルが、ユースケースに応じて併用される未来を予測する。SaaSは依然として人間を支援・強化するツールとして有効であり、RaaSは成果が明確な定型タスクに、そしてWaaSは成果保証が難しい複雑なタスクや、人間とAIが協働するハイブリッドチームの文脈で、その真価を発揮するだろう。
エコシステム実現への道:メモリと認証の壁
Shah氏が描くような、多数のAIエージェントが連携し合うエコシステムの実現には、乗り越えるべき技術的なハードルが存在する。podcastでも強調されていたのが、「メモリ」と「認証」の問題である。
現在のチャットボットの多くが長時間の対話で文脈を維持できないように、AIエージェントが複雑なタスクを遂行するには、永続的で信頼性の高いメモリが不可欠となる。特にShah氏が重要視するのは「エージェント間のメモリ共有(cross-agent memory sharing)」である。あるエージェントが学習した情報を、許可された他のエージェントが安全に利用できなければ、真の連携は実現しない。
同様に、データアクセス制御も大きな課題だ。現状のOAuthのような仕組みでは不十分であり、ユーザーが特定のデータ(例えば、特定のラベルが付いたメールのみ、特定の期間のデータのみなど)を選択的に、異なるエージェントに対して許可できるような、より詳細な(granular)認証メカニズムが必要だとShah氏は主張する。これが実現しなければ、セキュリティやプライバシーへの懸念から、企業や個人がAIエージェントに重要なタスクや広範なデータアクセスを委ねることは難しいだろう。
これらのメモリと認証の課題は、単なる技術的な問題ではなく、AIエージェントに対する「信頼」をいかに構築するかという根源的な問いに繋がっている。Meta Agent Communication Protocol (MCP)のような標準規格の登場は、相互運用性の一助となる可能性はあるが、根本的なインフラ整備はまだ道半ばである。これらの課題解決こそが、Agent.aiのようなプラットフォーム、そしてハイブリッドチームという未来像の実現に向けた鍵となるのである。
結論:Dharmesh Shahが拓く未来
Dharmesh Shah氏は、HubSpotでの成功体験を基盤としながら、AIエージェントという新たな領域で再びイノベーションを牽引しようとしている。彼が提示するハイブリッドチームという働き方の未来像、WaaS/RaaSという新たな価値交換の形、そしてそれらを実現するためのプラットフォームとしてのAgent.aiは、単なる技術トレンドの追随ではなく、仕事の本質そのものを問い直す野心的な試みと言えるだろう。
技術的な課題は残るものの、Shah氏のビジョンと実行力は、AIが社会やビジネスに浸透していくプロセスにおいて、重要な羅針盤となる可能性を秘めている。彼がpodcastで語ったように、AIエージェントとの協働はもはや避けられない未来であり、重要なのはそれを脅威と捉えるのではなく、いかにして人間の能力を拡張し、より良い働き方を実現するかという視点を持つことなのだろう。Agent.aiの急速な成長と、Shah氏の発信するメッセージは、その未来に向けた確かな一歩を示している。