OpenAIの「研究の意志」を司る男、Mark Chenの解剖録

ウォール街から転身しOpenAIの研究部門を率いるMark Chenが、300ものプロジェクトを動かす意思決定の裏側や熾烈なタレント争奪戦、そしてAGI実現に向けた組織戦略の真髄を語った
LLM
AI
Author

Junichiro Iwasawa

Published

December 31, 2025

OpenAIのChief Research Officer(最高研究責任者)であるMark Chenのインタビューが公開された。OpenAIが今、何を考え、どこへ向かおうとしているのか。その「脳」の部分を司っているのが、Chief Research OfficerのMark Chenと、Chief ScientistのJakub Pachockiの二人だ。

Sam Altmanが経営と広範なビジョンを担う一方で、膨大なGPUリソースをどのプロジェクトに張り、誰をリーダーに据えるかという実務的な「研究の羅針盤」は彼らが握っている。今回のインタビューからは、単なる技術論に留まらない、極めてドライで合理的な、しかし情熱的なOpenAIの「リサーチ・マシーン」としての姿が浮き彫りになった。

Wall StreetからAIの深淵へ:Mark Chenというキャリア

Mark Chenの経歴は、現代のAIエリートの典型でありながら、非常に示唆に富んでいる。

彼はMITを卒業後、HFTの世界に身を投じた。4〜5年の間、彼は「利益」という明確な報酬関数のためにアルゴリズムを磨き続けた。しかし、そこは「発見を誰にも教えず、隠し通すことで価値が生まれる」閉鎖的な世界だった。

転機はDeepMindのAlphaGoだった。マシンの創造性に衝撃を受けた彼は、独学でAI研究を始めた。驚くべきは、彼が2018年にOpenAIにジョインした際の役職が「Resident(研修生)」だったことだ。当時、すでにWall Streetで成功していた彼が、Ilya Sutskeverという巨人のもとで一からAIを学び直す道を選んだ。

そこからImageGPTといった重要プロジェクトのIC(個人貢献者)として実績を積み、DALL-Eの管理を経て、現在のCROにまで登り詰めた。この「実力至上主義(Meritocracy)」こそがOpenAIの根幹にある。Markは言う。「研究者は、自分より技術的に優れていないリーダーにはついてこない」と。

300のプロジェクトを動かす「スプレッドシート」

現在、OpenAIのリサーチ部門には約500人が所属している。数千人規模に膨れ上がった会社全体から見れば、依然として少数精鋭の「核」である。

MarkとJakobは、1〜2ヶ月ごとに約300もの進行中プロジェクトを精査し、スプレッドシート上でランキングをつけている。ここで下される決定は、単なる優先順位付けではない。「どのプロジェクトにGPUを割り当てるか」という、AI開発における最も貴重な通貨の分配だ。

ここでOpenAIが他のビッグテックと一線を画すのは、その「リサーチ・ファースト」の姿勢だ。

  • ベンチマークを追わない: 他のラボの結果を再現したり、既存の指標で少し上回るような「追いかけっこ」には興味がない。
  • 探索(Exploration)への投資: 驚くべきことに、実際のモデルの学習(Training)よりも、その前段階の「探索」に多くの計算リソースを割いている。
  • 次のパラダイムへの賭け: 例えば、現在のo1シリーズに繋がるRL(強化学習)と推理(Reasoning)への投資は、2年以上前から始まっていた。当時、それは決して主流のアイデアではなかったという。

「今、何が動くか」ではなく「次に何が世界を変えるか」にリソースを集中投下する。この大胆な意思決定が、OpenAIを常にフロントランナーたらしめている。

「スープ合戦」の裏側にあるタレント密度

MetaのMark Zuckerbergが、OpenAIからの引き抜きのために自ら手料理のスープを届ける――。そんなゴシップ的なエピソードも、Mark Chenの視点から見れば「タレント密度」を守るための戦いの一幕に過ぎない。

Metaのような巨人が、OpenAIの数倍の給与を提示してスター研究者を狙い撃ちにする中、Markは「ドル対ドルで対抗することはない」と言い切る。それでも人が残るのは、「AGI(汎用人工知能)が最初に生まれるのはOpenAIである」という強固な確信が共有されているからだ。

また、Markは情報の非公開化が進む業界の流れに逆らい、あえて貢献者の名前を外部に公表し続ける方針を採っている。「トップパフォーマーをプラッターに乗せて競合に差し出すようなものだ」という批判に対し、彼は「個人の功績を認め、AIのスーパースターを輩出するパイプラインであり続けることこそが重要だ」と返す。この自信こそが、OpenAIのブランド力そのものと言えるだろう。

スケーリングは死んでいない:事前学習の逆襲

最近のAI界隈では「スケーリング則(Scaling Laws)が限界に達したのではないか」という議論が盛んだ。しかし、Mark Chenの見解は真逆だ。

「事前学習にはまだ膨大な余地がある」

彼は、ここ数ヶ月の間、あえて事前学習の「筋肉」を鍛え直すことに注力してきたという。o1のような推論モデルに注目が集まる中、土台となる基礎モデルの強化において、まだ誰も到達していない領域があることを確信しているようだ。Gemini 3などの競合に対しても、彼は「データ効率やアルゴリズムのブレイクスルー」において自分たちが優位にあると冷静に分析している。

結びに代えて:自動化される「科学」

Mark Chenが描くOpenAIの2.5年後の目標は、「AIがエンドツーエンドで研究を行うこと」だ。

最初は「AIインターン」としてデバッグや実装を担わせ、最終的には仮説の立案から検証までをAI自身が行う。これが実現すれば、人類の科学的進歩のスピードは文字通り桁違いになるだろう。

Mark Chenという男は、極めて論理的で競争心が強く、同時に「研究」という行為そのものを守ろうとする保護本能に近い情熱を持っている。彼がWall Streetで学んだ「期待値を追う冷徹さ」と、OpenAIで培った「AGIへの狂信的なまでの献身」が融合したとき、私たちは次の、そして最後のパラダイムシフトを目撃することになるのかもしれない。